もっとエンタメ

CATEGORY カテゴリー一覧


ALL NEWS 全てのニュース


おにぎりの重さ 【サヘル・ローズ?リアルワールド】

2025.06.07 11:00

 ふと、立ち寄ったコンビニで陳列されている「おにぎり」。今までとは違う感覚でそのおにぎりを見つめ、その重さをもう一度考えさせられた。今回は初めての経験である「米騒動」について思うことを紡いでみます。

 「スーパーの棚からお米が消えた」そんなニュースに触れ、「まさか、令和の日本で?」と驚いた方も多いかもしれないです。私にとっては初めてのはずなのに、以前どこかで経験したことがあるような感覚がしました。

 その感覚をひも解いていくと・・・。

 それは、遠い国のことでも、歴史の教科書の中の話でもない。今ここで、私たちの足元で起きている「声なき警鐘」のように思えたのかもしれない。

 個人的にいろいろと勉強して感じたことは、今回の「令和の米騒動」は、猛暑による不作、長年の減反政策、インバウンド需要、そして政府の備蓄米の放出の遅れなど、さまざまな要因が絡み合ってしまった印象があります。でも、これは単なる「供給の不足」や「価格の上昇」の話ではないのでは?

 もっと深く、根の部分に触れる問いかけなのでは? と思っています。

 というのも私たちは今、「食べられること」の意味をどこまで深く感じて生きているのだろうか。

 私はイランで戦争の最中に生まれ、孤児院で育ちました。そこの生活で子どもたちの唯一の楽しみは「食事」の時間。おなかいっぱいにはならないけれど、配られる食べものを必死で待ちわびた記憶。

 その経験を日本で共有できたのは、長崎で出会った被爆された96歳を超えたお母さん。

 「たった一杯の白いお米が生きる希望だった。亡き母が一度だけ私に握ってくれたおにぎりの味を今でも私の舌が覚えている。今もなお、炊きたてのごはんの匂いに包まれると『ああ、生きてていいんだよね? 母ちゃん』と思うんだ」と語ってくれた。

 確かに私たちにとって、「お米」は「命そのもの」ではないでしょうか。日々何げなく食べている白米に、どれだけの人の手と時間と祈りが込められているか。田んぼに立つ農家の方々の汗、自然との対話、季節の巡り、それら全てが、茶碗(ちゃわん)の中に宿っているのです。

 だから、棚から米が消えることは、単なる「品薄」ではなく、「私たちがどこかで何かを見失っている」というサインのように私は感じています。

 世界では、今も7億人以上が飢餓で苦しんでいます。難民キャンプでは、1日に配られるごはんの量が少ししかない子どももいます。

 アフリカでも中東でも、そしてウクライナでも、気候変動や紛争が食の危機をさらに深刻にしています。日本の米騒動は、そんな「世界の叫び」と無縁ではないと思うのです。

 「おにぎり」一つが地球の裏側まで届くメッセージになる時代。飽食の中の空腹、満たされているはずの心の欠けを、見つめ直す時かもしれないです。

 手にした「ごはん」を当たり前にせず、感謝の1粒として味わうことが、やがて社会や世界を変えていく力になると私は信じています。「令和の米騒動」を「不便なできごと」で終わらせてはいけない。
 これは、命と共にある「食へのまなざし」を取り戻すための、静かな問いかけなのだと。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No. 21からの転載】

photo by JUNYA INAGAKI

サヘル・ローズ / 俳優・タレント・人権活動家。1985年イラン生まれ。幼少時代は孤児院で生活し、8歳で養母とともに来日。2020年にアメリカで国際人権活動家賞を受賞。

全ての新着記事


CATEGORY カテゴリー一覧


INFORMATION インフォメーション